ロシア文学 戦争と平和 その十八 | ScrapBook

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その十八 ②110〜136

今朝の出勤前に第一部第三篇7と8とを読んだ。

 

ニコライの幼馴染であるボリスが、小細工を弄して世間をうまく渡り歩く、あわよくば労せずして出世することばかり考えているタイプの人間であるのに対して、ニコライは危なっかしいまでにまっすぐな自分の心意気だけを頼りに戦場に駆け出した青年である。ボリスがつてを頼って、近衛騎兵に潜り込んだのに対して、ニコライは自ら志願して最前線に向かう軽騎兵となり、戦場に赴いた。

 

ロストフ家から届いた手紙と金を受け取るためにボリスが駐屯する街までやってきたニコライが目にしたのは、「散歩でもしているように、清潔さと規律正しさを誇示」している近衛騎兵であった。一方のニコライは、「古ぼけた見習い士官の上着を着て、兵隊の十字章をつけ、同じく兵隊用のすり切れた革のついた乗馬ズボンをはき、下げ緒のついた将校用のサーベルを帯びていた②111」格好であり、「砲火の洗礼を浴びた、勇敢な軽騎兵らしい姿②111」だった。おまけに「よれよれの軽騎兵の帽子をいなせにあみだに、横っちょにかぶっていた」のだから、彼がどんな気持ちで近衛騎兵に向かって行ったかわかるというものだ。

 

正反対の二人が相対して交わす会話は、たいそうちぐはぐなものであった。一方が軽騎兵流の酒盛りや陣中生活を話すのに対して、「位の高い人たちの指揮下で勤務する快適さや有利さ」を話すのであるから。

 

もっとも、砲火の洗礼を浴びたことが自慢であったニコライも、家族からの手紙を受け取った時には、ロストフ家のニコライ青年になってしまうのだったが。

 

手紙には一通の推薦状が同封されていた。それは、ニコライのことを思う家族が苦労して手に入れた、バグラチオン公爵宛のものであったのだ。が、ニコライにとっては、当然のことのように「こんなものがいるか」と言い放ち投げ捨ててしまう。ニコライという青年は、誠にわかりやすい性格なのである。

 

幼馴染の邂逅は自然、酒を帯びると自然活気づくものだ。話頭は自ずとニコライが経験した戦場の、彼が負傷したシェングラーベンでの戦いへと向かった。著者は次のように注釈をつけている。「ニコライは正直な青年だった。彼はけっして故意に嘘を言ったりはしなかった②121」のだが、戦場の話をしている間、自分でも知らず聞き手が期待している内容の話を、彼が戦場を駆け回り敵兵をバタバタと打ち倒し、終いには自分が力尽きて倒れてしまったといった話を始めてしまったのだ。実際、彼は戦場で「落馬して、腕を脱臼し、フランス兵に追われて必死に森に逃げ込んだ②122」だけであったなどと彼らに話すわけにはいかなかっただろう。

 

そこに姿を現したのは、アンドレイ公爵であった。彼にとって、戦場での与太話を自慢げに振りまくニコライは、「どうにも我慢のできない種類の人間」であるように、ニコライにとってアンドレイは「何もせずに恩賞をもらっている司令部のろくでなし」であった。

 

アンドレイは、ニコライが自分に向ける軽蔑や侮蔑に取り合う気持ちにはなれなかった。「数日中に僕らはみんな、大きな、もっと深刻な決闘にでなければならない羽目になる」のだから。それは、ナポレオンに対するロシア軍がおかれている危機を暗示している。

 

ニコライにはアンドレイほどの気持ちの余裕などない。あの憎い副官アンドレイに決闘を申し込むべきかどうか考えを巡らせながらも、彼を親友にしたいという自分の不思議な思いに気がつくのである。ニコライは、アンドレイの性向が自分に近いことをあの短い時間で嗅ぎ取ったに違いない。

 

ニコライの、不正を嫌いまっすぐで、いささか直情的な性格は、続くロシア軍の閲兵でも描かれている。アレクサンドル皇帝がうかべた微笑を見た彼は、自然と微笑をはじめただけでなく「皇帝に対する愛情がいっそう強く湧き起こるのを感じ」、その「愛情をなにかで表したかった」が「それが不可能であることを知っていたので泣きたかった②132」。皇帝のお付きの一人であるアンドレイを見つけた彼の頭には、決闘状を叩きつけるという考えがよぎったが、次の瞬間にはそれを打ち消してしまう。皇帝への崇高な「愛と、感激と、自己犠牲」が湧き上がっている時に「口論や私怨になんの意味があるんだ。 おれは今みんなを愛している。みんなの罪を許す②134」とまで思い詰めてしまうのであった。