ロシア文学 戦争と平和 その十七 | ScrapBook

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その十七 ②86〜110

今朝の出勤前に第一部第三篇5と6とを読んだ。5ではマリアの結婚話の結末が、6ではモスクワのロストフ家に届いたニコライからの手紙をめぐっての一家の様子が語られる。

 

辛辣な言葉をあたり構わず吐き出す老公爵であったが、とりわけ、財産目当てで転がり込んできたワシーリー親子の態度が自分に対する侮蔑ではなく「自分以上に愛している娘に向けられていた」ことを思うと、いらだたずにはいられない。アナトールの視線は、マリアではなくブリエンヌにばかり向けられていたのだから。

 

翌日、父と娘とは対面する。単刀直入な物言いで父は娘に、あの男の嫁になるのかならぬのかとぶちまける。

「あたくしの願いはただ一つ——おとうさまのお心を果たすことです」と目を伏せて答えるマリアの心中には、片田舎に閉じ込められた自分の運命が決まるのは今しかないという焦りがあった。そこに老公爵が畳み掛ける。「あの男はおまえばかりじゃない、だれでもかまわず結婚する。だがな、お前は選ぶ自由がある②92-93」。

 

自分の運命を自分の手にしたマリアが父の書斎を後にして目にしたのは、「冬の庭」で抱き合うアナトールとブリエンヌの姿であった。マリアには「これがどういうことか、わからなかった②94」とある。この時点で、アナトールやブリエンヌがどのような人間であるかを悟ってもよさそうなものだが、そのすぐ後では、泣いているブリエンヌに慰めの言葉をかけてやり、彼女がアナトールと一緒になれるよう尽力することを彼女に誓うという不可思議な行為に走る。

「お嬢さまは本当に清らかでいらっしゃいますもの、こんな情熱の迷いなど、とてもおわかりになりませんわ。ああ、わかってくれるのは、かわいそうなあたしの母だけ……②95」とマリアに語るブリエンヌの言葉を、字義の通りに受け取ってよいものなのか、皮肉なのだろうか。もっとも、「あたし、なにもかもわかるわ」と「淋しそうに微笑しながら」答えるマリアには、人間の皮肉など通じないのだろうが。

 

「あたくし結婚したくありません」とワシーリー公爵にきっぱりと言い放つマリアの胸中に、自分の使命は「愛と自己犠牲で幸せになること」であるとの強い思いが沸き起こっていた。アナトールを激しく愛しているブリエンヌをどうしても助けたいと強く願うマリア。世俗の幸福を退けたところに自分の幸福を築こうとする彼女の真意を読み解くことは難しい。

 

モスクワのロストフ家に一通の手紙が届く。戦場から家族に向けて認められたニコライからの便りであった。すでに見たように彼は戦場で負傷し、消息がわからなくなっていたのだった。その便りがロストフ家の全員に再び生気を吹き込んだ。ソーニャに向けては、「あいかわらず愛していて、あいかわらず思い起こしている、たいせつなソーニャに接吻を、と伝言していた」。彼女は目に涙が溢れるほど赤くなり「広間に走り出、走ったまま勢いをつけて、くるくると回り出した。そしてドレスを風船のようにふくらますと、すっかり真っ赤になり、顔いっぱいに微笑を浮かべて、床に座った②107」。「いとしいニコライの手紙は何百回も読まれた②107」のだ。